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仙台高等裁判所 昭和26年(ネ)10号 判決

控訴人(原告) 三光合資会社

被控訴人(被告) 山形県知事

補助参加人 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人が山形県最上郡舟形村三光堰(水路敷地たる土地を含む)について昭和二十四年二月十日した買収取消処分を取消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において

一、本件三光堰の買収令書が控訴人に交付されたのは昭和二十三年五月十日である。即ち右令書は同年四月十六日被控訴人から最上地方事務所を経由して控訴人会社所在地の舟形村農地委員会をして同会社にこれを交付させようとしたが同会社は当時所在不明のためその交付ができず、延引して結局同年七月十四日鶴岡市農地委員会から控訴人会社代表者小林鉄太郎に交付された。ところがこれより先同会社は買収令書の早急交付方を被控訴人に迫り、同年五月十日右小林鉄太郎自身山形県庁に出頭して令書の再発行を求めたので、被控訴人においてもこれを諒とし即日さきの令書はこれを廃棄して新令書を同人に交付した。従つて買収令書交付の日は同年五月十日である。

二、本件三光堰は大正十一年八月までに完成し、用水路ならびに道路等については同年五月十九日公共用土地として国有に編入されたものである。そしてその工作物は昭和二十二年以来山形県営工事として巨費を投じ補修工事施行中である。

と述べ、控訴代理人において

一、控訴人が本件三光堰についての買収令書山形県(に)第五六〇号(土地)、同(に)第五六一号(工作物)の交付を受けた日は昭和二十三年七月十四日である。そもそも買収令書は法定の形式を具備したものであることを要し且つ令書の再発行或は再交付は認められないのである。被控訴人主張の昭和二十三年五月十日発行の買収令書は、発行の権限なくして再発行された無効のものである。のみならず控訴人が右の五月十日に受領した令書なるものは写しの一部に過ぎず、且つ本来あるべき代金領収手続の記載も全くなかつたものである。

二、本件三光堰の買収計画は昭和二十二年十二月二十二日頃山形県農地委員会開拓特別委員会でこれを承認し、同月二十六日右農地委員会においてこれを決定し、翌昭和二十三年一月六日山形県公報を以て同年一月十日から同月二十八日までの縦覧期間を設けて公告し、その期間満了直後買収決定をしたものである。右事実をまげて買収決定の日附を昭和二十二年十二月一日としたのは、被控訴人が連合国進駐軍から昭和二十二年中に達成すべきものとして尨大な面積の未墾地買収手続を迫られいたので、そのとりつくろい策として右のように日附を遡らせたのである。

三、仮に本件三光堰の買収手続が法定要件を具えないものとすれば、本件と同様昭和二十二年十二月一日に日附を遡らせて買収決定をしたものが他に十四件あり、これ等については何等その取消処分をしないで本件についてのみ取消すことは偏頗な処置であるばかりでなく、被控訴人が職務上当然履践すべき手続を故意又は重大な過失により怠つたものであつて、この故意過失に基く自己の行為不行為を原因とする抗弁を以て買収処分の合理性を争う如きは、禁反言の法則に反し且つ衡平の原則を破るものであるから訴訟法上これを以て控訴人に対抗することができないものである。

四、前記(に)第五六〇号買収令書表示の土地百十一筆は総て控訴人の所有であり、(に)第五六一号買収令書表示の工作物(水路延長約十六粁)は殆ど全部右土地に構築され、右土地と一体をなし、控訴人の所有に属するものである。右土地以外に存する右工作物はただ僅かに公有地三筆その面積合計〇、九〇七二陌の部分に存するに過ぎない。しかも右公有地は右工作物構築の目的で舟形村耕地整理組合名義のもとに使用貸借契約に基き借受けその土地に控訴人が右工作物を構築したものであり、未だこれを右組合に引渡していないのであるから、右部分の工作物が同組合の所有に属するものでなく、控訴人の権利に属するものである。仮にこの部分の工作物が控訴人の所有に属さないものとしても、買収決定の工作物全体からみればこの部分は極めて僅少であり、しかも工作物の完成した昭和十年八月三十一日以来不可分一体となつて水路に使用され、その支配も一体となつて控訴人に属していたものであるから、工作物の一部が控訴人の所有に属さないことは工作物全体の買収処分を取消す理由とするに足らない。

五、本件三光堰については、被控訴人主張のように、昭和二十二年以来山形県が直接その補修工事を施行しているのであり、前記の買収処分を取消し三光堰の敷地工作物の所有者である控訴人に対し何等の対価を補償しないということになればこれは明かに憲法第二十九条に違反するものである。

と述べたほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(証拠省略)

理由

被控訴人が昭和二十二年十二月一日旧自作農創設特別措置法に基く本件三光堰の買収計画を認可し、その後山形県(に)第五六〇号(土地)、同(に)第五六一号(工作物)買収令書を控訴人に交付してその買収手続をしたこと及び昭和二十四年二月十日右買収処分を取消しその旨を控訴人に通知したことは当事者間に争がない。

次に右三光堰の権利を帰属関係について判断するに、成立に争のない甲第二号証第八号証の各証、乙第五号証の一、二、第六号証乃至第十四号証、第十七号証、第十八号証の一、二、三、第十九、二十号証、第二十一号証の一乃至四、第二十二号証の一、二、三、第二十四号証、第二十六号証、第二十八、二十九、三十号証、第三十一号証の一乃至六、第三十三号証、第三十四号証の一乃至十二、第三十七号証の一、二、三、丙第三号証、原審証人奥山与一郎(第二回)及び同奥山千代治の各証言により成立を認める甲第二十五号証の三、当審証人奥山与一郎の証言により成立を認める乙第三十六号証の一、二、原審証人伊藤直生、渡辺忠五郎、八鍬秀男、渋谷幸助当審証人原吉彌、原審(第一回)及び当審証人奥山与一郎の各証言を綜合すると、控訴人は明治四十三年頃、山形県最上郡舟形村の開田可能地に小国川から揚水する用水堰を設けて開田することを企図し、舟形村の地主等と交渉し、右の溝渠を自己の負担において開設する報酬として右溝渠により開田した土地の一部を土地所有者から無償で提供を受くべく、工事完成後一年を経過すれば溝渠の管理は地主に移り一切控訴人の手を離れるべき旨等を内容とする開田契約を右地主等と取結んだが、この水路予定地には数多くの民有地のほか国有地、公有地もあり、独力を以てしては工事完成の困難なところから、旧耕地整理法による耕地整理組合を設立し、右組合事業としてこれを達成しようと考え、同村々民を説き耕地整理組合を設立することとし、舟形村及び自己もその組合員となり百三十名の組合員を以て大正元年十月三十日舟形村耕地整理組合設立の認可を得て発足したこと、前記の開田契約は組合設立後も組合員たる地主との間に存続し控訴人は溝渠道路等工事達成の代償として村有地については開田地の七割、個人所有地については同五割の無償提供を受くべく、右組合事業としての溝渠構築その他の事業の費用は控訴人が組合に対する国庫補助金を以てこれに充てるほか一切立替支弁し、右開田地の無償譲渡を受けることにより右立替支弁した組合費の弁済に充てることとし、その旨組合員総代たる村長と覚書を取交したこと、右の定めに基き控訴人は右組合の事業として直ちに本件三光堰その他の工事に着手したこと、控訴人は右の溝渠敷地とするため自己名義を以て土地を取得した分もあつたが、前示設立に当り認可を受けた事業計画によると、道路、溝渠その他の国有地四十六筆合計七町五反余を整理地区に編入し、工事竣工後においては国有となるべき道路八町歩余、溝渠三十三町歩余を予定していること、即ち旧耕地整理法第十一条により国有に編入さるべき道路、溝渠を右の如く予定していること、また右国有地を整理地区に編入するについての認可においても、道路、溝渠の新設の分は国有に編入申請すべきことを命じていること、本件三光堰を含む右工事は一応大正十一年には仕上つたが、その後も設計変更し完全に竣工したのは昭和十年八月であること、控訴人は前示の開田契約に基き昭和十年以前に百数十町歩の開田地を順次取得したこと、右組合は大正十一年五月十九日右工事により新設した道路、溝渠、土手代を国有地に編入されたものとして取扱つていること、右工事完成後も控訴人は昭和十九年まで三光堰の維持管理の費用を支出したが、前示組合員においても所有反別に応じ維持管理のため出役し、或はまた控訴人に対しその支出した費用を償還していること、昭和二十年以後においては三光堰の維持補修は控訴人以外の組合員の手によりなされたが、相次ぐ災害により組合員のみによつては維持補修の困難なところから山形県自ら巨費を投じて修理工事を施工していること(右県営工事の点は当事者間に争がない)、以上の事実が認められる。右事実によると、本件三光堰は舟形村耕地整理組合が控訴人をしてその工事を施行させて構築したものであつて、控訴人が右組合と独自にこれを完成したものでなく従つてまた右工作物を同組合に引渡すことを要すべきものでないことが明かであり、前示開田契約の結果として控訴人は溝渠敷地となつた自己所有地については少くとも前示昭和十年八月までにはその所有権を喪つたものと認めるのが相当であるし、且つ耕地整理法第十一条により本件三光堰(工作物、敷地とも)は買収などの手続をまたずして国有に編入さるべきものであつたことが明である。控訴人はその主張のように、前示組合は名目のみの存在に過ぎず、組合名義の事業は悉く控訴人会社の事業でありまた組合員一人となつて組合が解散した場合と同様であり組合の事業は一切の権利義務とともに控訴人会社に移転すべきものである旨主張するが、原審証人中鉢一郎、伊藤直生の証言を綜合するも右主張事実は認め難い。また前示認定に反する当審における控訴人会社代表者小林鉄太郎の供述はこれを採用し難く、他に前示認定を覆して控訴人主張の事実を認めるに足る証拠はない。以上により本件三光堰(工作物、敷地とも)については控訴人はその所有権を有しないのみならず、仮に右三光堰が未だ国有に編入されないとし、更に右敷地の所有権を控訴人において保有しているものとしても、これ等は結局耕地整理事業の結果全部国有となるべきものであるから、これが買収処分をすることは全く無意味に帰し、その処分は内容においても重大且つ明白な瑕疵があり無効たるを免れないものである。以上の如くいずれとするも前示買収処分は無効たるを免れず従つて右買収処分の無効を宣言する趣旨を以てした被控訴人の前示取消処分は適法である。右買収処分が実質的に適法であるとし右取消処分を攻撃する控訴人の主張は前示の認定に反する事実を前提とするものであるから特にこれについて判断する要がなく、また他の争点についてはその判断をするまでもなく、右取消処分の取消を求める控訴人の本訴請求は失当として排斥を免れない。これと同旨の原判決は結局相当で本件控訴はその理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村木達夫 畠沢喜一 上野正秋)

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